第1回:CSVの基本を再考する
– CSVの目的とは? –
CSVコラム連載開始のご挨拶
株式会社シーエーシーにてCSV支援サービスを担当しております。この度、コンピュータ化システムバリデーション(CSV)をテーマに全6回のコラム連載を開始いたします。
本連載では、実際に現場で直面する課題や、最新の業界動向を交えつつ、皆様のお役に立つ情報を分かりやすくお届けしてまいります。
具体的な事例や経験もご紹介しながら、CSVについてより深く理解していただける内容を目指してまいりますので、ぜひご期待ください。
第1回:CSVの基本を再考する
– CSVの目的とは? –
コンピュータ化システムバリデーション(CSV)という言葉を聞いて、どのような印象を持つでしょうか?多くの企業にとって、それは「規制遵守のために避けては通れない、複雑で手間のかかる作業」というイメージかもしれません。しかし、もしCSVが単なる義務ではなく、企業の品質と信頼性を高めるための強力なツールだと考えたら、見え方は大きく変わります。
この連載の第1回では、CSVの基本的な「なぜ?」に立ち返り、見落とされがちな本質的な価値と、陥りがちな落とし穴について掘り下げていきます。
1.改めて理解するCSVの原則:将来的な信頼性保証への投資
CSVとは、一言で言えば「コンピュータ化されたシステムが、意図した通りに正確に動作し、その結果が常に信頼できることを検証・確認し、文書として記録を残すプロセス」です。特に、医薬品や医療機器といったライフサイエンス分野においては、製品の品質、安全性、有効性を保証するために不可欠な活動とされています。
なぜなら、現代の医薬品製造や品質管理においてコンピュータシステムが中枢を担っており、製造プロセス制御、試験データ管理、文書管理、品質記録の電子化など、多岐にわたる業務がコンピュータシステムによって支えられている一方、その不具合や使用手順の誤りが製品品質や患者さんの安全を脅かす可能性があります。CSVは、業務プロセス上でのシステムの信頼性を保証し、このリスクを回避するために不可欠です。
CSVは、単にシステムが動くことを確認するだけでなく、システムの潜在的なリスクを洗い出し、そのリスクを低減するための対策を講じます。これは、システム障害やセキュリティインシデントといった将来のリスクに備えるための「積極的な運用計画」の一部でもあります。システム導入時の一時的な負担ではなく、より高品質で、信頼性が高く、リスクに強い医薬品製造システムを構築するための投資だと考えることで、医薬品に関わるステークホルダー全体により良い成果を与えることを期待できます。
システムの種類やリスクによらず、決まった手順で義務的に行ったCSVでは、やはり本質的な検証やリスクへの対策が漏れる可能性があり、当局査察での指摘により後手の対応に労力を割くことにもなりかねません。一方、自力でバリデーションを成し遂げたお客様は、なぜその検証をしたのか、なぜ省略したのか、を自ら理解して説明可能であることで自信をもってシステムをお使いになり、またその後の利用拡大や他システム導入でも、胸を張って自社の品質を訴えられるスキルを付けられます。これこそが信頼性保証体制の根底でもあると言えるのではないでしょうか。
2.目的意識の重要性:形骸化を防ぐために
「CSVはやらなければならないものだから、とりあえず手順通りにやる」―このような考え方は、CSVが形骸化してしまう最も大きな原因の一つです。目的意識が希薄なまま進められたCSVは、往々にして以下のような問題を引き起こします。
- 無駄な作業の発生
必要以上に厳格な手順を踏んだり、過剰な文書を作成したりするなど、本質的でない作業に時間とリソースが割かれてしまうことがあります。
- 本質的なリスクの見落とし
規制遵守にばかり意識が向き、実際に製品品質や安全性に影響を与える可能性のあるシステム上の脆弱性やリスクが見過ごされてしまうことがあります。
- 関係者のモチベーション低下
「何のためにやっているのか分からない」という状態では、CSVに関わる担当者のモチベーションが低下し、作業の質も落ちてしまう可能性があります。
- 監査時の指摘
形式的にCSVを実施しても、その裏付けとなる目的やリスク評価が不明確であれば、規制当局の査察時に指摘を受けるリスクが高まります。
では、どのようにすればCSVの目的意識を明確にできるでしょうか?
まず、CSVを開始する前に「このシステムのバリデーションを通じて何を達成したいのか?」という問いをチーム全体で共有し、議論することが重要です。もちろん「規制に適合させるため」というのは大前提ですが、「データの信頼性を最大限に高めるため」「運用効率を向上させつつ品質リスクを管理するため」といった、より具体的な目標を設定することが大事です。
ISPE GAMP5(Good Automated Manufacturing Practice 5)のような業界ガイドラインも、この目的意識の重要性を強調しています。GAMP5は、リスクベースアプローチに基づき、システムの重要度に応じてバリデーションの深さを調整することを推奨しています。これは、限られたリソースの中で、より重要な部分に注力し、最大限の価値を引き出すための考え方です。
目的が明確であれば、どこにリソースを集中すべきか、どのようなテストを実施すべきか、どの程度の文書化が必要かといった判断基準が明確になり、メリハリをつけた活動により、結果として効率的かつ効果的なCSVを実現できます。
CSVは費用と時間がかかるので、GxP適用システムの導入やリプレースはできるだけやらない、というお考えもあるかと思います。しかし、単に義務でなく、業務プロセスの何に役立つシステムなのか、どのような利便性がある反面、何が起こると困るのかを踏まえ、本来必要な検証に注力することで、バリデーションに関わるチームメンバーの意識も変わるはずです。何のためにやっているか分からない、といった無目的、義務的な考えから抜け出すことが、プロジェクトオーナーとプロジェクトマネージャーの責務です。
3.バリデーション対象範囲の明確化:必要な検証にリソースを割くために
CSVの計画段階で頻繁に発生する落とし穴の一つが、バリデーション対象範囲の誤認や不明確さです。システム全体を一律にバリデーションしようとして過剰な負荷をかけると、逆に重要な部分を見落としてしまったりすることがあります。
適切な対象範囲の決定は、リスクベースアプローチに基づいて行うことが鍵となります。システムの機能やデータが、製品品質、患者さんの安全性、データの完全性、規制遵守にどの程度影響を与えるかを評価し、そのリスクレベルに応じてバリデーションの深さを決定します。
例えば、以下のようなポイントを考慮します。
- クリティカルな機能の特定
製造プロセスの直接制御、試験結果の記録、製品ロットのリリース判定など、製品品質に直接影響を与える機能は、より厳格なバリデーションが必要です。
- データの種類と重要性
規制対象となる電子記録や、監査証跡の完全性、真正性、可用性などを保証する必要があるデータの扱いには、特に注意を払う必要があります。
- システム間のインターフェース
複数のシステムが連携する場合、データの受け渡し部分や同期のメカニズムは、潜在的なリスクの温床となることがあります。これらのインターフェースもバリデーションの対象として明確に定義することが重要です。
こういった面から、起こっては困る事象を注意深く検討し、起こる可能性、起こった際の影響度などを加味してどのような範囲、内容でバリデーションを実施するかを議論し、判断していきます。
「ソフトウェアカテゴリ分類」も、この対象範囲決定の参考になります。以前のGAMP4時代のソフトウェアカテゴリ分類は、検証アプローチを決定するための中心的な要素で、その値によって実施すべき検証タスクや作成すべき文書が自動的に決まるものでしたが、そのために形骸的かつ無駄な作業を漫然と行うことにも繋がっていました。
GAMP5でのこの分類は、ソフトウェアの複雑性や開発形態をベースにバリデーションアプローチを示すという以前の考え方に加え、改訂された2nd Editionでは、以下のようにさらにその考え方が柔軟になっています。
- 単なる一指標
ソフトウェアカテゴリ分類は、あくまでバリデーション方針を決定するための一つの「指標」です。この分類に当てはめることでバリデーション全体方針を定めることが目的ではありません。
- モジュールごとの柔軟な適用
ソフトウェア全体が単一のカテゴリに収まるとは限りません。例えば、同じシステム内でも、汎用的なOS部分はカテゴリ1(インフラストラクチャソフトウェア)に、特定の業務ロジックを担う部分はカテゴリ4(構成設定可能なソフトウェア)やカテゴリ5(カスタムソフトウェア)に該当するなど、モジュールやアプリケーション内の機能ごとにリスクと複雑性に応じてカテゴリが変わり得ることを理解しておく必要があります。
- 連続的な分類
カテゴリ分類は、厳密に区切られたものではなく、連続したものだと考えられます。そのため、ある機能が整数的にいずれかのカテゴリに「完全に収まる」とは限らず、カテゴリ間でオーバーラップするような、あるいは中間的な性質を持つことも珍しくありません。重要なのは、形式的な分類に固執するのではなく、それぞれの機能のリスクと特性を正しく理解し、それに合ったバリデーションアプローチを取ることです。
このように、対象範囲を明確にし、リスクベースでメリハリをつけることで、限られたリソースを最も効果的に活用し、過不足のないバリデーションを実現できます。
ソフトウェアカテゴリ分類が定まればやることが自ずと決まる、というのは便利である反面、リスクベースアプローチのようなメリハリがつけにくいという面もありました。また、ソフトウェアの在り方が増えたために、一つのシステムが疑義なくソフトウェアカテゴリ分類のいずれかの整数にすっぽりとはまるケースがなく、例えば開発を伴う場合でも、開発用言語を使ってフルスクラッチでアプリケーションを作るものから、製品の設定画面で、部分的にスクリプトを記述するようなケースもあるため、一概にカテゴリ5とは言えません。もはやソフトウェアカテゴリ分類は万能ではなく、単に一つの参考指針であるというのが最近のご支援の中での実感です。
4.最新規制動向とCSVへの影響:専門家との連携も視野に
CSVを取り巻く規制環境は、常に変化しています。例えば、データインテグリティ(データの完全性)に関するガイドラインの強化や、クラウドコンピューティング、AI/機械学習といった新技術の導入に伴う規制当局の期待値の変化など、見逃せない動きが数多くあります。
これらの最新動向を把握しないままCSVを進めると、以下のような問題が発生する可能性があります。
- 規制不適合のリスク
例えばクラウドサービスプロバイダとの間での責任共有モデルの理解がないために、要求事項を満たさないなど、監査で指摘を受けるリスクが高まります。
- 手戻りや再バリデーションの発生
後から規制要件への不適合が発覚し、大規模な手戻りや再バリデーションが必要になることがあります。
- 競争優位性の喪失
他社が効率的かつ先進的なCSVアプローチを取り入れている中で、自社が旧態依然とした方法に固執することで、市場競争力が低下する可能性があります。
規制当局のガイダンス文書や業界団体の発行する文書に目を通し、常に最新の知識をアップデートし続ける意識が求められますが、これは容易なことではありません。特に、実際にCSVに携わることになる製薬企業の方々の多くは、ITシステムの知識やCSVに詳しいケースは少なく、日々の業務に追われる中で最新動向や高度なノウハウを継続的に習得することが難しいのが実情ではないでしょうか。
このような状況において、システムの導入検討のタイミングなど、必要な際に外部のCSV支援サービスやコンサルティングを活用するのは非常に有効な選択肢です。彼らは最新の規制動向や業界のベストプラクティスに関する専門知識を持ち、他社での支援経験も踏まえて、企業の状況に合わせた実践的なアドバイスや、CSV文書のドラフト作成といった実務支援を提供できます。
システムの導入検討のタイミングなど、必要な際に専門家の支援を受け、最新の情報や知見を取り入れることで、変化の激しい規制環境下においても、常に適切なCSVを維持し、企業の品質と信頼性を確保できるでしょう。
CSV実施のご経験の少ないお客様からの支援のご依頼では、やはり「他社はどうしているのか」「従来このようなやり方だったがどう考えるか」といったアドバイスをお求めになることが多いです。当然、案件ごとにシステムや利用方法が異なるので、他社事例がそのまま適用できるわけではないですが、多くのお客様の事例を理解した上で個別のご提案ができるのは、当社に限らず支援ベンダーの強みだと思います。一般的にCSV支援は期間限定で行うため、自社リソースのみで時間をかけて無理に進めるよりは、費用的にも効果的に進めることができるものと思います。機会があれば支援ベンダーにご相談されることをお勧めします。
5.まとめ
CSVは単なる義務ではなく、企業の品質と信頼性を高め、競争力を維持するための戦略的な投資です。第1回では、CSVの本質的な目的を理解し、計画段階で陥りがちな落とし穴を避けるための基本的な考え方について解説しました。
次回は、CSVの「計画」フェーズにおいて、具体的なバリデーション計画書の作成やリスクアセスメントの深化、そしてサプライヤーとの連携といった、より実践的な課題に焦点を当てていきます。どうぞご期待ください。
著者紹介
株式会社シーエーシー エンタープライズサービス統括本部 エンタープライズP&S部
2015年までの約20年間、製薬企業向けコンサルティング会社にてシステム開発に従事。Part11制定当初よりCSVの実施に携わる。
CROへの移籍とそこでのシステム部門長としてのCSV文書レビュー等を経て、2020年よりシーエーシーに在籍。
同業界における経験を活かし、GxP適用のクラウド環境構築・運用サービスの立ち上げや、CSV支援サービスに携わり、現在に至る。
関連リンク:
Webサイト「Innovation Hub」に、株式会社シーエーシーのCSV支援サービスの記事が掲載中です。