第5回:文書管理の勘所と効率化
– 監査に耐え、資産となるドキュメントへ –
第5回:文書管理の勘所と効率化
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※本コラムは、GxP適用システムのCSVに関する一般的な考え方や検討のポイントをご紹介するものであり、 記載されたすべての活動・支援内容を当社が標準サービスとして提供することを意味するものではありません。
本コラム第5回目の今回は、CSV文書の効率的な作成・管理術、そして監査に耐えうる「資産」として活用するための方法について深掘りしていきます。
コンピュータ化システムバリデーション(CSV)と聞いて、多くの担当者が頭を抱えるのが「膨大な文書作成」ではないでしょうか。バリデーション計画書、ユーザー要求仕様書、設計仕様書、構成設定仕様書、PQ計画書、PQ手順書、PQ報告書、バリデーション報告書までの一通りに加え、逸脱が生じた場合の記録や逸脱報告書など、その種類は多岐にわたります。しかし、これらの文書は、単なる「お役所仕事」ではなく、適切に作成し、管理することで、システムの品質を保証し、その妥当性を客観的に証明する唯一の手段として、将来の監査や変更管理を支える重要な「資産」となります。
1.煩雑な文書作成からの脱却:効率的なドキュメンテーション
CSV文書の作成は、時間と労力を要する作業ですが、その負担を軽減し、効率的に進めるための工夫は可能です。ここでは、昨今の文書作成ツールのスタンダードとも言える Microsoft Word を例に、効率化に資するアイデアを挙げます。
- 文書テンプレートの活用と標準化: ありきたりではありますが、繰り返し使用する文書には、過去の文書の記載から共通項を取り出し、テンプレート化しましょう。ただし、個々人がそれぞれ独自の文書テンプレートを使うと意味がないため、プロジェクトもしくは全社で文書種別ごとに標準化し、関係者で共有することが望ましいです。文書テンプレートには表紙、目次、章立て、本文例などを記載しておくことで、作成時間の短縮、記述漏れの防止、文書品質の均一化が図れます。
- 見栄えの最適化:スタイルの定義: 文書テンプレートの中では、見出しや箇条書き、本文等、繰り返し使用する要素に対するフォント、サイズ、インデントなどを「スタイル」として登録しておくと、誰が作成しても視認性と構造の一貫性が保たれ、目次の自動生成や相互参照の管理も容易になります。見出しの番号を手入力したり、インデントや字下げにスペースを使うことはお勧めできません。
- レビュープロセスの効率化: CSV文書のような最終的に承認を求める文書ではレビュープロセスが必要となりますが、レビュー開始の時点から「変更履歴の記録」機能を利用することで、レビュー指摘に対して、誰がいつ、どこを修正したのかといった編集過程の透明性を高めます。特に文書改訂の際には、これを利用することで修正箇所と修正内容が一目で分かるため必須の機能です。加えて、レビュー指摘はコメント機能に集約することで、執筆者との質疑や議論を指摘箇所ごとに行うことができます。
- バージョン管理可能なストレージの活用: Microsoft SharePointやBoxといったクラウドストレージや、オンプレミスのファイル共有ストレージのバージョン管理機能を活用します。かつては、ファイルを上書き保存すると過去のデータは失われてしまうため、必要に応じてファイル名を変更し、何度も保存する運用が一般的でした。しかし、バージョン管理機能を有効にしていれば、ファイルを上書きしても過去の履歴が自動的に蓄積され、任意時点のデータを取り出すことができます。また、バージョン管理が有効な場合、ファイルの別名保存は逆に編集履歴の一貫性を失うため、目的なく行うべきではありません。
- 一意の文書番号: CSV関連の文書では、成果物文書の管理や文書間の引用において、特定の文書を正確に識別できるよう、重複のない一意の文書番号を付番することが不可欠です。プロジェクト、フェーズ、文書種別等を組み合わせ、文書番号だけでそれが何の文書であるかを判別可能な付番ルールを適用します。場合により、文書の版数を含めた表記も可能にしておくとなおよいです。付番ルールに基づいて文書番号を運用してみると、文書名やファイル名だけで文書を特定しようとしていたことが、いかに煩雑だったかに気づくはずです。
- アクセス権の管理: ドラフト版の編集中であっても、社内の誰もが文書を編集したり削除したりできるべきではありません。またプロジェクトに関与するメンバー全員にフル権限を与えるべきでもありません。意図的か過失かに関わらず、思いがけない文書の変更や逸失を避けるため、必要となる最小限のメンバーに、必要な最小限の権限を付与するアクセス権管理を行うことが望ましいです。
Wordであれ、共有ストレージであれ、厳密に正しい使い方をせずとも、それなりに使えてしまうこともあり、CSV文書であるかに関わらず、文書の作成段階において使い方のルールを決めた上でプロジェクトを進めることをされているケースは稀です。最近ではWordの教育を行う企業もあまりないため、個々人が独自に習得したマイルールで使ってしまうこともあります。結果として、番号付き見出しの数字が手入力となっていて、編集で途中に章を挿入しても以降の番号が自動で変わらなかったり、見出し等にスタイルを使わず、すべて個別にフォント設定されていて一括で操作できないといったケースには頻繁に遭遇します。印刷やPDF化してしまえば見た目は同じにできるとはいえ、文書作成に関わる関係者全員が同じナレッジを有し、Wordの機能を適切に使えれば、共同編集での効率性をさらに上げることができると言えます。
2.レビューと承認のワークフロー:文書の確定まで円滑に進めるルール作り
バリデーションプロジェクトの成果物としての文書であれば、作成して終わりではなく、適切なレビューと承認を経て初めて「確定文書」となります。このプロセスも人海戦術で闇雲に進めようとしてもよい結果を生みません。プロジェクトとしてルールを設け、いかに澱みなく回すかが、プロジェクト全体のスピードと文書品質を左右します。なお、システムベンダーがIQ/OQ文書を作成・提供する場合もありますが、これらはあくまでベンダー側で完成した文書として提供されるものであるため、ここで述べるレビューは自社内で作成した文書を前提としています。
- レビュー範囲と役割の明確化: 全員が全文を読むのではなく、「業務要件はユーザー」「技術仕様はIT」といった役割分担を明確にし、専門領域に集中して確認できる体制を整えます。そのため、役割ごとの目的を踏まえてレビュワーを設定します。
- 段階的なレビューの実施: レビューは1章で述べたように変更履歴やコメント機能で完結させます。可能であれば、全体が完成してから一斉にレビュー依頼するのではなく、ドラフト段階で章単位などで早期にレビューを開始し、執筆中の段階から方向性を微調整することで、最終段階での大幅な差し戻しを防止します。
- レビューチェックリストの活用: 単なる文章としての「誤字脱字」の確認にとどまらず、「URSの要件を網羅しているか」「テスト可能か」といった、CSVとして本質的なチェックポイントの観点からレビューします。
- 承認ルートの事前定義: 文書ごとに「誰が承認者か」をあらかじめ定義しておきます。特に文書に対する品質保証部門(QA)の関与タイミングと役割を明確にすることで、承認プロセス開始後の疑義やフローの巻き戻しを防ぎます。
- 電子署名導入の検討: せっかく文書を電子で作成しても、手書き署名とする場合には、紙への印刷や物理的な署名回覧が必要となり、時間的なコストが発生します。一方、電子署名による承認が可能であれば、テレワーク環境も含め、署名者の居場所に左右されることなく、承認フローが停滞しない運用を実現できます。
- デッドラインの設定とリマインド: 承認待ちの滞留時間を最小化するため、システムや運用ルールによって自動的にリマインドが飛ぶ仕組みを構築し、ボトルネックを解消します。場合によっては承認プロセスの進捗状況を監視・報告する役割を置くことも、滞留解消に役立ちます。
CSVプロジェクトで成果物とする文書は、レビューを経て承認して初めて成果物となります。作ってはあるがレビューも承認もされず放置されている、という状況では、成果物文書として認められないため、監査や査察時には、文書は存在しないものとして評価されかねません。バリデーション全体の計画時点でスケジュールを引く際には、各文書のレビューと承認にかかる期間を見込んで各フェーズの期間を計画し、プロジェクトマネージャーやバリデーションマネージャーはそれぞれの文書が承認確定となって次のフェーズに進むことを確認します。当初想定以上にレビューに時間を要し、文書の承認が予定よりも遅れるということも往々にしてあり得ますが、報告書等の文書の承認を以て次フェーズに進むと計画していた場合、承認なしに次フェーズの成果物文書の承認に進めてしまうといった前後逆の状態が起こると、そもそも承認の意味が問われかねないため、各文書の承認日の時系列順には注意が必要です。
3.文書の保存管理における留意点:バリデーション資産の守り方
バリデーション文書は、承認された瞬間から「確定文書」としてのライフサイクルが始まります。これがGMP省令でいうところの「継続的に管理」する対象であり、適切に保存・管理できていないと、いざ監査や変更管理の際に「どのファイルが最新の確定版か分からない」「承認後に修正された疑念を払拭できない」といった深刻な事態を招きます。
- 編集不可フォーマット(PDF)への変換: 承認後の文書は、内容が不用意に書き換えられないよう、PDFなどの編集不可フォーマットに変換して保存します。対象の文書や必要性に応じて、長期保存に適したPDF/Aといったフォーマットの採用も視野に入れます。Wordファイルのまま放置すると、誰かが誤って編集して上書きしてしまうリスクが排除できません。
- アクセス権限の厳格な管理: 確定文書を保存するフォルダは、作成途中のドラフト文書の格納フォルダとは分け、適切なアクセス制限を設けます。プロジェクトマネージャーや品質保証担当者等、閲覧が必要なユーザーがいつでも参照できるよう、参照(閲覧)権限を適切に付与します。一方、変更・削除権限は特定の責任者等の極めて限定的なユーザーに絞り、一般ユーザーによる「予期せぬ変更」や「誤消去」を防止します。
- 原本性の確保とバックアップ: 万が一のシステム障害や災害に備え、バックアップを定期的に取得します。また、電子署名済みのPDFであれば、そのハッシュ値や署名情報が維持される形で保存されていることを確認し、原本としての真正性を担保します。併せて、このPDFの元となったWordや挿入図表等のファイルも、以後の変更管理のためにバックアップの対象とします。
- 検索性とアクセス性の向上: 文書は「保管」するだけでなく「活用」できなければなりません。膨大な文書に埋もれ、必要な時に必要な文書が探し出せないのではいくら閲覧権限が付与されていても意味をなしません。文書の保存ストレージ上で、文書番号、対象システム名、文書の種類などのメタデータを適切に付与して検索を可能にするなど、文書を即座に引き出せる状態を維持することが、活用の鍵となります。
CSVプロジェクトの成果物文書をプロジェクト終了後に頻繁に見返したり、運用に利用することは少ないものの、時間とともに積みあがっていく文書であるため、無造作に保存した結果、どこに保存したかが保存した本人にしか分からない、といった事態は避けなければなりません。そのため、プロジェクト内または可能であればその上位で、CSV文書の保管場所、保管ルール(フォルダ構造、文書命名規則等)を取り決め、これに従うことが大事です。担当者の異動や退職といった事情があっても、資産としての文書は管理され続けるべきであり、特に近年、成果物文書の永久保管(一定期間経過後も削除しない)が求められるケースが増える中、文書の保存ルールはますます重要になっています。
4.文書管理システムの活用:GxP要件への適合とAgathaの役割
CSVプロジェクトやGxP関連の業務において、「継続的な管理」を必要とする膨大な文書に対して上記の要件を手作業で満たすには限界があります。規制要件を確実に満たし、業務を効率化するためには、文書のバージョン管理、監査証跡、レビュー・承認ワークフロー、永続保管のためのPDF化等をシステム的に担保できる文書管理システムの利用が望ましいです。多くの文書管理システムが存在しますが、ここではER/ES要件やALCOA+を担保可能と謳うアガサ社のAgathaの対応をみてみましょう。
ライフサイエンス業界に特化したクラウド型文書管理システム「Agatha」は、上記の要件を標準機能で満たしています。
- ER/ESと保存管理要件の完全準拠: 改ざん不可能な監査証跡の自動記録や、承認時の電子署名、承認と同時に自動で行われるPDF化、そして厳格なアクセス制御など、上記で解説してきたER/ES、データインテグリティの要件を確実にクリアしています。
- 文書作成プロセスの高度化: レビューや承認プロセスについても、システム上のワークフロー機能で効率化が可能です。また、強力な「バージョン管理機能」と「文書の状態管理」により、最新の確定版がどれであるかを一目で判断でき、過去の版への遡及も容易に行えます。
SaaSとして提供されるため、Agatha本体のIQ/OQがアガサ社によって実施済みであり、自社要件に沿って構成設定およびPQとしてバリデートしたAgathaを利用することで、各プロジェクトにおける文書管理の信頼性は飛躍的に高まります。
例えば、SharePointのようなクラウドストレージでは、承認ワークフローや電子署名を付与する機能がそもそも備わっていないものや、バージョン管理はあっても文書の状態(ドラフト、確定等)を管理しないものがあります。そのような場合、手動でアクセス権設定を変更しない限り常に変更が可能になってしまう点が、運用上のリスクとなります。Wordでの同時編集など、チームの複数名でドラフトを作成、編集する際の利便性は非常に高いのですが、承認済みの確定文書を永続的に保管する用途としては十分とは言えません。
SharePoint上に保存したWord文書の複数名での同時編集は、過去に文書をローカルまたはオンプレミスサーバー上に保存、編集していた時代には考えられないほど飛躍的に利便性と効率を向上させましたが、上にも書いた通り、ER/ES要件を満たし、確定文書を継続的に保護するという目的においては賄えない要素もあります。これらは利便性と制約のトレードオフのようなもののため、両方を同時に満たすことは困難です。そのため、可能であるならば、初版のドラフト編集段階から文書レビュー段階まではSharePointを利用し、承認ワークフローでの確定から、以降の変更管理では文書管理システムで厳格に管理する、といった組み合わせが推奨できます。こういったことも含め、文書の作成開始段階から確定文書の管理まで、プロセスとルールを洗い直すことによる小さな効率化の積み上げも文書管理の改善につながります。
5.まとめ
第5回では、CSVにおける「文書化」の課題に焦点を当て、その効率的な作成術、レビュー・承認プロセスへの対応、承認後の保存管理の留意点、そして文書管理システムの導入と運用の利点について解説してきました。
CSV文書は、単なる規制対応のための書類ではなく、システムの品質を保証し、将来の変更管理や監査対応を円滑に進めるための重要な資産です。これらの文書を効率的に作成し、適切に管理・活用することで、CSVの負担を軽減しつつ、その価値を最大限に引き出すことが可能になります。
次回は、この連載コラムの最終回として、システムのライフサイクル全体を通じた「維持と継続的改善」の重要性、変更管理、定期的なレビュー、そして監査への備えについて深掘りしていきます。どうぞご期待ください。
※記載されている会社名、製品名、サービス名等は、各社の登録商標または商標です。
著者紹介
株式会社シーエーシー エンタープライズサービス統括本部 エンタープライズP&S部
2015年までの約20年間、製薬企業向けコンサルティング会社にてシステム開発に従事。Part11制定当初よりCSVの実施に携わる。
CROへの移籍とそこでのシステム部門長としてのCSV文書レビュー等を経て、2020年よりシーエーシーに在籍。
同業界における経験を活かし、GxP適用のクラウド環境構築・運用サービスの立ち上げや、CSV支援サービスに携わり、現在に至る。
関連リンク:
Webサイト「Innovation Hub」に、株式会社シーエーシーのCSV支援サービスの記事が掲載中です。